向田邦子のエッセイ集『女の人差し指』に収められている『人形町に江戸の名残を訪ねて』の中には、多くの名店が紹介されている。
今すぐ本を片手に散策しに出かけたいところだが、関西住まいの私はまた、ネット散策になる。
昭和52年(1977年)に掲載されたこの名店たちは今、どうなっているのだろう。
「重盛永信堂」のゼイタク煎餅
まず始めに紹介されている「重盛永信堂」のゼイタク煎餅。「重盛永信堂」は増築、改修を経て今も営業されている。
向田邦子はこのゼイタク煎餅や人形焼についてこう書いている。
チョコレートや生クリームを知らないひと昔前の人には贅沢だったのかも知れない。いや、それよりも、乗物に乗ってお詣りにゆき、おみやげを買って帰る小半日の遠出が、何よりの保養であり贅沢だったのだろう。
【『人形町に江戸の名残を訪ねて』(女の人差し指/文藝春秋)より引用】
ひょんなことがきっかけでお土産にゼイタク煎餅をいただいたことがあった。
素朴な味。たまごに砂糖がたっぷり入った甘い焼き菓子。子どもの頃、こういう焼き菓子は口の中でフニャフニャになるまで舐って食べたことを思い出した。
世界各地のスイーツを気軽に手に入れられる今となっては、昔ながらの日本の味が何よりのゼイタクに感じる。
黄金芋の「寿堂」
ゼイタク煎餅のならび「寿堂」の黄金芋も昔なつかしい匂いがする。卵の黄身を加えた白餡を肉桂を利かした皮で包み、串に通して焼き上げた日持ちのいいもので、一個百円は当節お値打ちといえる。
【『人形町に江戸の名残を訪ねて』(女の人差し指/文藝春秋)より引用】
さつまいもを使わずに作った黄金芋の「寿堂」は、今もゼイタク煎餅のならびに店を構えている。
寿堂の公式サイトは見つけられなかったが、クチコミサイトで紹介されていた。
“黄金芋の肉桂(にっき)の香り”を現代っ子は「シナモン」と表現する。そして当時一個百円だったお菓子は216円になった。このエッセイが掲載されてから40年以上も時が流れたのを実感する。
時の流れといえば、新大橋通りの「亀清砂糖店」は見つけることができなかった。
向田邦子と「亀清砂糖店」のご夫婦とのエピソードを読むと、ニキビに悩む中学生だったころ、お砂糖洗顔を試してみようかと思ったことを思い出す。
いつか人形町を実際に散策する時には新大橋通りをふらりと歩いてみたいと思う。
※この記事は、過去に運営していたブログ「向田邦子「う」」より移行させました。管理人及び筆者は同一人物です。
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