焼あなごの下村-向田邦子「う」

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※2026年6月更新

 「う」は、うまいものの略である。
 この抽斗をあけると、さまざまの切り抜きや、栞が入っている。
 焼あなごの下村、同じく焼あなごの高松・こぶ七や〔中略〕。
 仕事が一段落着いたら、手続きをして送ってもらいたいと思っている店のリストである。

【向田邦子「う」『霊長類ヒト科動物図鑑』より引用】

向田邦子の「う」の抽斗に納められたお取り寄せのリスト。

当時の名店が現在どうなっているのか、まずはリストの初めに書かれている焼あなごについて調べてみた。

“焼あなごの下村”は明石か高砂か

エッセイで最初に登場したのは「焼あなごの下村」。

実は十数年前、“焼あなご 下村”とググったところヒットしたのは兵庫県明石市のお店だった。

本焼あなご下村 明石店

喜び勇んでわざわざ見にいった

ところが先日、下村という名前の焼あなごの老舗は他にも数軒存在することを知る。その中でも気になったのは、兵庫県高砂市にある「下村商店」

どうやら、焼あなごは古くから高砂の名物で、焼あなごを名物になるほど世に広めたのが高砂の「下村商店」らしい。

そして、兵庫県明石市にある「本焼あなご下村明石本店」は「下村商店」がルーツだという。公式サイトにも“本家高砂店より暖簾分けしていただき”とあった。

当店について【下村本焼穴子】

さて、「う」の抽斗に入っていたのはどちらの下村だったのか。

最有力候補は兵庫県明石市にある「本焼あなご下村」……だった。

2006年発行『クロワッサン特別編集 向田邦子を旅する。』(マガジンハウス)に掲載されていた「う」の抽斗の写真。そこに下村の包み紙が写っていて、製造日だか賞味期限だかのスタンプに“本焼あなご下村”と見えるような気がする。

国会図書館デジタルコレクションで調べるかぎりでは、事業所名に“本焼あなご”と表記しているのは明石の下村だけだった。

そういうことだから「焼あなごの下村」は明石のお店だということにしよう。と着地しかけたタイミングで『神戸新聞NEXT』の記事にこんな一文を見つけた。

森繁久弥さんや桂米朝さんらがその味を愛した老舗の焼きあなご店「下村商店」(高砂市)。

「新五国風土記 ひょうご彩祭 第3部 祭礼の大河【5】高砂や」【神戸新聞NEXT】

なんと、森繁久弥さんが高砂の「下村商店」を贔屓にしていたとのこと。森繁久弥といえば向田邦子とかなり距離が近いお方……。もしかすると贈り物のやり取りがあったかもしれない……。などと考え始めたら急に自信がなくなってきた。

さらに改めて調べると、明石の下村に“本焼あなご”と表記されているのは80年代後半以降の資料にしか見当たらず……。

結局どこにも着地できぬまま今に至る。

“焼あなごの高松・こぶ七”は閉業か??

ところで、もう一軒エッセイに登場する“焼あなごの高松・こぶ七”。

これについてはまず“高松・こぶ七”の意味がよくわからなかった。高松というお店とこぶ七というお店の2軒を指しているのか、高松にあるこぶ七というお店を指しているのか……。

ひとまず、“こぶ七”について国会図書館デジタルコレクションで調べてみた。

すると、かつて兵庫県高砂市に「こぶ七商店」という焼きあなごのお店があったことがわかった。しかも高砂の「下村商店」のすぐ近く。

所在地をストリートビューで確認したところ、おそらく閉業したと思われる建物に”高砂名産 あなご こぶ七 沼田商店“という看板が残っていた。

これはひょっとして“高松・こぶ七”は、高砂・こぶ七の間違いなんじゃないかという気がしてきた。

だとすれば、こぶ七のほうにわざわざ高砂と地名をいれたのは、「焼あなごの下村」は高砂じゃない場所にあるとも考えられるわけで……。

ただ、今できる限りではこれ以上のヒントを見つけられなかった。

いずれにせよ、播州は焼あなご発祥の地で、瀬戸内産の穴子が手に入らなくなってしまった今でも、串の打ち方、焼き方、タレなどの伝統は受け継がれているということはわかった。

現在、焼あなごは高砂市と明石市のふるさと納税返礼品にもなっている。

明石松江「下村商店」の焼あなご押しずしを食べた

つい先日、明石松江の下村商店が阪急うめだ本店に催事出店するというので見にいった。

焼あなごや押しずし、巻きずし、その他いかなごのくぎ煮などの中から、迷いに迷って押しずしを購入。

明石松江「下村商店」の焼あなご押しずし

明石松江「下村商店」の焼あなご押しずし

明石松江「下村商店」の焼あなご押しずし

テカテカに見えるのはフイルムに巻かれているから

さすが、さすが、あなごがおいしい。

包みを開ける前から漂ってくる香ばしい焼あなごの香り。あなごはとっても肉厚でしっかりとした弾力。噛み締めるとぎゅっと凝縮されたあなごのうまみと香ばしい香りがにじみ出てきて、煮詰めとは別のほどよい塩気でさらにうまみが引き立つように感じた。

押しずしの底には大葉、酢飯にサンドされているコリコリとした……あれは何だったんだろう……茎わかめのような食感で爽やかな風味の佃煮。

酢飯にあしらわれた爽やかさと焼あなごの存在感のバランスがちょうどよく、ずっと食べていたい一品だった。

明石松江の焼あなご(押しずし)を食べながら、なんだか、どこの下村さんだったとかそこまでこだわらなくてもいいんじゃなかろうか……と、そんなことを考えていた。

百聞は実食に如かず。まぁ、いっぺん食べてみぃなぁ(播州弁で一度食べてみなさいよの意)。

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